魔王の憂鬱

 
 耐え難い静寂。そして絶望。
 永遠の暗闇に君臨していたはずの魔王。
 泥沼のような気配から身をもたげ、その、透き通るほど赤い瞳で虚空を睨む。
 魔王は憂鬱だった。

 今、時代のキーワードは、「先の見えない不安」。
 誰もが、手探りで進むしかない日々に漠然とした恐怖を抱いている。
 一見、何事もなくすぎていく日常。その裏では不況、リストラ、暴力や虐待、そして戦争。心の平安を乱す事件が新聞やテレビを騒がせない日はない。
 このままではいつか、何もかもが一気に崩れてしまうのではないか。そんな不安がある日現実になった。
 奴らが、現れたのだ。
 全世界を恐怖のどん底へと突き落とすために地獄から這い上がってきた……奴らが。

 「(≠ゃぁぁぁぁレヽゃぁぁぁぁωナニ⊃レ〜〜〜ヵヮィィ〜!」

 全世界を埋め尽くす無数の悪魔に、人間たちの顔は恐怖はひきゆがむ――はずだった。
 だが、人間どもの容赦ない超音波反撃が魔王の忠実な眷属たちを打ちのめした。
 高潔なる悪魔ともあろうものが、なぜか次々と遠慮というものを知らぬ小娘どもに手づかみにされ、むにゅむにゅ触りまくられ、挙げ句の果てには前述のごとき醜悪な嬌声をもって籠に放り込まれ「ぺっと」などと呼ばれることになってしまったのである。
 邪悪な深紅の瞳。
 獣を思わせる鋭い爪。
 魔王の姿に似せられて作り出されたはずの悪魔たちは、みるみる人気者となり、もてはやされ、「新種発見かそれとも宇宙からの生命体か、謎のしゃべる生物、女子高生に大人気!!」などという恥知らずな見出しでワイドショーを席巻した。
 中には、悪魔であることも忘れ、人間たちに隷従して芸まで見せる堕悪魔まで現れる始末だった。

 魔王は激怒した。
 悪魔どもにはまかせておけない。
 邪悪と恐怖、真の闇に君臨する王。その名前が、人間どもにこれほど愚弄されるとは。
 ……許せん!
 ついに、魔王は降臨した。
 魔王は確信していた。人間たちが、自分の姿に心底恐怖し、恐れおののき、ひれ伏して許しを請う無様な姿を。
 今こそ見せてやるのだ。悪魔の凄絶な力を。人間たちに思い知らせてやるのだ。その愚かさ、弱さ、むなしさを…!

 「レヽゃぁぁぁぁωナニ了レ大ッ(≠£(≠〃τ≠м○千ヮ儿〜〜〜ィ!!!」

 ≠м○千ヮ儿〜〜〜ィ!!!……きもちヮ儿〜〜〜ィ……きもちわる〜〜〜い……

……ええ゛っ!?!!!



 耐え難い静寂。
 そして絶望。
 永遠の暗闇に君臨していたはずの魔王。
 泥沼のような気配から身をもたげ、その、透き通るほど赤い瞳で虚空を睨んだ。

 ……鬱だ……。

 かようなわけで、人類は今も、無事に生きながらえているのである。

【完】
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